生活保護体験談 K.U.さん45歳女性 家族が生活保護受給者になった日


皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

家族が生活保護受給者になった日
KU45歳女

母は実年齢より若くて、元気だと近所の人たちのもっぱらの噂でした。実際母も、そういってもらえているのを喜んでいました。でも、本人も周りの人たち皆も気が付かなかっただけでした。母は病気を患っていたのです。

母は、再婚して高齢出産を経験しました。10代のころ、私と弟2人を産んで、そのあと30歳後半で女の子を産みました。私にとってはじめての妹ができたわけです。私たち姉弟は無事に就職もしていたし、妹は丈夫にすくすく成長していき、再婚相手の旦那さんはみんなに優しいひとで、このまま何の問題もないまま日々はずぎ去っていくかのように思われました。しかし、大切なことにこの時誰もが気が付かなかったのです。

妹がまだ幼稚園に通っていた時の事。母がある日言いました。「左の胸上付近にしこりのようなものがある」それで病院に行ったみたいです。その後、帰ってきたので様子を聞きました。本人は何もいわないので、私と弟で問いただしたのでした。母はなにくわぬ顔で料理していた手を止め、「なんか、わるかったみたい」と。本人は、乳腺症のつもりが、実は乳がんになっていたのでした。

母は、若いころとても痩せていました。血圧も低かったらしく、聞いたはなしだと、私がおなかにいたころ具合が悪いので病院にいくと、立って歩いているのが不思議だ、と先生に言われたそうです。それほどまでに血圧が異常なほど低くなった時があったみたいです。
朝起きるのがとても苦手な人でした。よく、起きるときとても不機嫌そうにしていたのを覚えています。母は、だから体が普通の人よりあまり丈夫じゃなかったのだろうと今になって思います。




家族でがんになった人は母が初めてだったという事もあり、動揺を隠せませんでした。きっと、この時家族全員がそうだっただろうと思います。幸い、いい病院が見つかり手術は無事成功しました。投薬治療の段階で、髪の毛がすべて抜け落ちはしていましたが、しばらくするとそれもやっと生えてきていました。まゆげもです。でも、もとのストレートの髪質だったのが天然パーマに変わってしまい、それだけはいまだに元通りになっていません。

母が元気になって安心しはしたものの、これからが大変でした。がんというものは、手術したから治るというものではなく、その後の再発がやはり心配です。母もそうで、手術後、術後の経過や再発防止のための通院を余儀なくされました。それには、とてもお金がかかりました。注射一本でも10万円くらいはしたそうです。母は、再婚後、旦那さんと子供(異父兄弟の私の妹)の三人で新しく家を借りて住んでいたのですが、生活費など考えるととても払っていける金額じゃなかったと思います。

市役所に相談にいくと、生活保護の申請を勧められたそうです。こうして、仕方なく申請を済ませ、やがて母の家は生活保護受給者の家庭になりました。そして、受給金で生活し、なんとか通院を続けているようです。いずれは、元気な体を取戻し、普通の一般家庭に戻れるように母たち家族は今も健気に頑張っています。




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