生活保護体験談 M.M.さん50歳女性 不動産関係者からみた生活保護受給者


皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

不動産関係者からみた生活保護受給者
M・M 50歳 女性 広島市

これは、私が不動産会社で、契約の仕事をしていた時の話です。関西の東大阪市の不動産会社で働いていて、賃貸の店も東大阪市にありました。大体のお客さんは、学生さんが多いのですが、高齢者のかた、中高年の方もいらっしゃいました。その中には、生活保護費を受給している方もいました。高齢の方は、社会保険をかけていなくて、年金を受け取れない方。75歳以上の方が多かったです。

私が一番印象に残っているのは、42歳の男性の方です。その方は、精神疾患で、仕事ができなくなり、生活保護を申請している方でした。受給もできることになり、東大阪市の福祉事務所の方と一緒に、アパートの契約にきていました。保護費は、98,000円で、家賃は35,000円の所を契約していました。障害の度合いにより、保護費の金額、また借りられる部屋も家賃も決まるようです。外見は、全く、普通の人でした。どこにでもいるようまサラリーマンです。ただ、一点をぼーっと見つめているという感じでした。時々、意味不明の事も、もごもご言っています。昨日、部屋でいると、ゴキブリが話しかけてきたとか、カラスが、俺の悪口いっているんだよ。とかです。やっぱり、この人ちょっと、普通の人と違うなと思いました。




契約のやり取りは、福祉事務所の人が全部やっていきました。後日、部屋の鍵を取りに来た時は、彼一人できました。福祉事務所の人はいません。その時の態度が忘れられないのですが、本当に、普通の人なのです。横柄なおじさんという感じです。
「早く、やってよ。この後すぐ、予定入っているんだから、食事会なんだよ」
え?だれと食事会と思いました。この前の、恍惚の人みたいなリアクションは、どうなったんだ、と同僚とあんぐりして、彼を見つめてしまいました。

その後、彼は、携帯を片手に、誰かと話しながら、出ていきいました。後姿は、個人事業主と言った感じで、やり手と呼ぶにふさわしい感じでした。しかし、彼は、世間から見れば、生活保護費を申請している、生活弱者なのです。その時の上司と、働くのばからしくなるね。と言ってしまったのを覚えています。

その後、北海道で、障碍者の妹がいる、姉が、その妹と二人で餓死するというニュースがありました。世の中不平等で、何となくやりきれない気がしました。彼も、職場などで深く傷ついて、精神的なダメージを受けたのかもしれないけど、もし、調子が良くなっていて、働けそうなら、もっと恵まれない人に代わってあげて欲しいと思うのですが。




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