生活保護体験談 Y.O.さん40歳男性 急な失業で、途方に暮れて


皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

急な失業で、途方に暮れて
私は長野市に在住の40歳、Y・Oと申します。8年前までこの地方では中堅にあたる印刷会社に勤務していたのですが、残業、休日出勤が続き、心の病になってしまいました。実家は隣県にあるのですが、父母、兄弟皆が私の身を心配し、退職することとなりました。労災の申請も考えましたが、その会社では妻も子もいる人たちが働いているわけで、迷惑になると思い、控えました。

しばらくは現役時代の収入の6割にあたる傷病手当を受給して暮らしていたのですが、家賃、食費、光熱費、年金、保険等払っていくと、終始はプラスマイナスゼロになってしまいます。車も退職時に手放し、贅沢はしていなかったものの、生活はこの時点ですでにギリギリの状態でした。

傷病期間が終わっても病のほうは良くならず、市が毎月開催している無料の福祉関係の相談会に予約をいれ、相談しました。今から約5年前のことです。今の生活状況を伝えたところ、生活保護の対象になりえる、とのことだったので、生活保護を受け、病が改善するまでは生活費を受給しながら暮らしていこうと思いました。

元気のある時に、市の生活保護に関する相談窓口に伺ったのですが、私の先入観が邪魔をしていたのか、邪険に扱われたような気がしました。また来たか、という表情に見えてしまい、吃音気味になりながらも、何とか生活保護の申請について説明を貰えないかお願いしました。




生活保護の申請に際しては色々とハードルがあります。今の賃貸住居の状況、生活用品。削れるところは削ってからでないと、中々申請は難しそう、との印象を受けました。また実家に帰って家族の保護のもと、暮らしていこうと思えば暮らせる条件もあったため、受給の見込みは薄そう、と感じました。私の勉強不足です。収入のアテが途切れたからすぐ貰える、というものでもなかったようです。このあと、人気お笑い芸人の親が生活保護を受けていて、そのバッシングの尾を引いていた時期でもあったので、なおさら自分も委縮し、相手が大きく見えていたのかもしれません。

越えなければならないハードルがいくつもある、と感じたので、病でも収入を得られる方法を探しました。ふたたび福祉関係の相談会に行き、次のオプションの提示を受けました。病の状態でも働けるA型就労支援施設というのがあって、出勤日全てに出れば月に7万ほど給料が貰えるということでした。週休2日で1日4時間の労働で内容は簡単とのことだったので、働いてみることにしました。

ただ、当然月7万ではとても生活出来ないので、障害申請をして、障害年金を受けることにしました。これが大体月に6万円です。合計、月に13万円です。生活保護より若干ではありますが合計すると貰えますので、障害申請が通るほどの病で働けなくて、生活保護の申請が通りにくい、とお感じの方はこの方法もありかと思います。将来への社会復帰に向けても、最初の1歩としてはいいと思います。




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