生活保護体験談 R.F.さん38歳女性 娘の為の生活保護受給 


皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

娘の為の生活保護受給
鹿児島県出水市在住しております。
38歳の女性で、RFといいます。

子供が一人います。生活保護を受給したいと思う様になったのは、子供が不登校になった事がきっかけでした。主人と離婚を決意し、移住しましたが、じっさいは籍は抜いておらず、別居しての移住でした。しかし、その事がきっかけで、思春期の娘は学校に足が向かわず、私と主人のやり取りばかりに意識が向く様になってしまいました。

私は、娘を養う為に、朝早くから夜遅く迄、正社員として働いており、生活に必要な収入は得ていました。しかし、生活が裕福になるにつれ、娘は更に登校する事が出来なくなって行きました。色々な所に相談し、私が娘の側で寄り添う事が一番大切だと言われました。

寄り添う為には、主人とやり直すしかありませんでしたが、娘には申し訳ありませんが、私にはその気持ちは一切ありませんでした。そこで、きちんと離婚を行い、生活保護を申請してみようと考えました。申請し、受給が上手くいく様であれば、仕事をセーブして娘の側にいられると思ったからです。




私は仕事が大好きだったので、仕事を変えるのにはとても勇気がいりました。でも、私達の勝手な離婚のせいで、娘の人生をダメにするのは違うなと考え、職場に正社員からパートへ変えてもらい、娘の登校を見送り、娘の帰りを待つ体制を取れる様にしました。職場での肩身はとても狭かったです。仕事が出来、生きて行く給料も貰えるのに、生活保護を申請し、仕事もセーブするのですから。

それでも、これは私が受ける罰なんだと考え、生活保護を申請しました。車を取られてしまうのではないかという心配はありましたが、仕事はしており、通勤が遠い為、車は取られずに、受給を受ける事が出来る事になりました。金額は最低ラインの金額でしたが、受給してもらえる事で、今迄の金額と同じ位の金額を貰える事になりました。

娘の精神状態、登校状態が落ち着いたら、生活保護は辞め、きちんと仕事をフルタイムで働くという約束を行っての受給でしたので、私としても娘を早く普通の生活に戻さなければいけないというプレッシャーはありましたが、仕事をセーブさせて頂く事で、娘に寄り添う事も出来、娘も少しずつ気持ちを整えて登校出来る様になって行きました。

生活保護だからと言って、自分もそれに甘えてのらりくらり過ごした訳ではありません。そこには、元々働く事が好きだという事があるかもしれませんが、少しでも早く生活保護を貰わなくても大丈夫なフルタイムで働き、娘も普通に過ごせる様になれればと思っています。




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