生活保護体験談 H.E.さん24歳男性 母子家庭で生活保護を受給 


皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

母子家庭で生活保護を受給
私はHEで現在24歳で男です。当時は北海道赤平市に住んでいました。現在は生活も安定しているということもあり、生活保護は打ち切りました。 

 私が中学生のころ、母子家庭で生活が厳しいということがあり生活保護を受給することとなりました。母はパートタイムの仕事などをしておりましたが、教材費など様々な部分でお金がかかりやりくりするのが大変な状況でした。

 生活保護を申請するにあたり当時はそこまで審査が厳しくなく、家に車がありましたがそれは乗らないようにとつたえられ、ギャンブルなど生活保護費を使用するのにふさわしくない生活は制限するようにと説明がありました。当然ですが、部活動なども参加することはできず、つらい経験をしました。

当時の私は、気管支喘息を患っており専門病院での治療が必要でした。特に私の住んでいた赤平市の病院では治療がなかなかうまくいかず、札幌市の近くにある岩見沢の病院まで行っていました。岩見沢の病院までは昼間であれば公共交通機関などで行っていましたが、急な発作の時や夜間に緊急で行く場合は、自家用車を出す必要がありました。そのため市役所との話し合いを行い、自家用車を緊急時に限って使用することを認めるという話になりました。生活保護者が通院する場合には、事前に市役所で書類を出す必要があったため、その書類を提出する際に自家用車を何回使用したかなどを報告させられました。



 
母親が正社員の職に就き、経済的面で安定を図ろうとした際には毎月の給与明細の提出を義務付けられました。そして給与の金額と現在の生活状況などを毎月報告しその都度、市役所のほうでどれくらいの援助が必要かを審査し、受給継続の申請が認められるかどうかの状況でした。母親が正社員として働く前は毎月二人分の生活費として25万円近くの収入がありました。その後、母親が安定してくると25万円の受給費が20万円へそして最終的には13万円まで減っていきました。
 
受給していた期間はトータルで1年間ほどでしたが、非常に肩身の狭い生活を強いられていました。どこかへ旅行に行くこともできず、好きな時に車に乗って遊びに行くこともできないという状況でした。そして何よりも近所の人からの目線が怖かったのを覚えています。学校などでも「生活保護だから部活に入れないんだって」などと言われていた時もありました。そういった面で生活保護は本当につらいというのが現状でした。




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