生活保護体験談 K.S.さん41歳女性 10年間経済的に援助したのち、ようやく生活保護を受けられました


皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

10年間経済的に援助したのち
東京都葛飾区在住41歳女性K.Sです。
64歳で葛飾区在住、現在生活保護受給中の叔父の話です。叔父は15年前、49歳の時に脳梗塞で倒れ、半身不随になりました。杖をついて何とか歩けるようにはないましたが、就労は不能で仕事も退社しました。

1年間は闘病とリハビリで入院し、その間は失業保険や退職金でまかなっていました。障害認定がおり、障害1級で月に8万強の年金が出ることになりました。叔父は独身で賃貸アパートに住んでいたため、月8万では家賃も必要なので到底暮らすことはできません。そこで生活保護を申請することにしました。

叔父にとって姉である私の母が申請に出向くと、区の担当者は一通り話を聞いてすぐ「兄弟姉妹が4人もいてみんなそれぞれ収入があるのだから、兄弟で支援すべき。簡単に受給できると思わないほうが良い」と言い放ちました。母は叔父を除く4人で相談しようと考えましたが、遠方に住んでいてあまり付き合いがなかったこともありのらりくらりとかわされ、結局母が1人でサポートするしかなくなりました。

8万の年金と区の障害者の手当てが1万5千円ほどあったので、生活費はそれでなんとかするとして、5万円ほどの家賃は母が支払うことになりました。それも体に重度の障害が残ったため、今まで叔父が住んでいた家に住むことはできず、1階で段差が少ないアパート探しから始まり、その礼金や敷金などの初期費用も母が支払いました。




母は当時55歳で仕事をしていましたが、5年後の60歳で定年になりました。しかし区の生活保護担当の「簡単に受給できると思うな」という言葉が強烈に残り、60歳以降もパートで叔父の家賃分だけは働き続けました。しかし母が65歳になり少し体調を崩したことをきっかけに、もう1度区に生活保護の申請をかけあってみました。

するとその時の担当者は母に深々と頭を下げながら「10年間も弟さんの支援ご苦労様でした。すぐに手続きをします。5年前の退職の時点で申請してくれたらよかった」と言ってくれたそうです。母は担当によってこうも対応が違うのかと驚いたそうです。10年支援してきたという実績も考慮されたのだとは思いますが、それにしても区の職員の態度、言葉使いなどは雲泥の差だっということです。

その後、申請は無事に通り、障害年金と手当ての収入の月9.5万円を差し引き、生活保護としては6.5万円の支給がされています。これは障害があることが加味されていて、一般の基準より1~2万ほど加算があるそうです。住まいも身体障害があることで少し広めの部屋が必要になるので、そのような事情を踏まえた加算だということです。

生活保護を受給できたことにより母が家賃を援助していたころより若干余裕が出たのと、叔父も高齢になってきたこともあり、先日スロープ付のバリアフリーのアパートに引っ越しました。現在約5年間受給できているので、区には感謝していますが、この叔父のエピソードから生活保護を受給は簡単ではないということを学びました。




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