生活保護体験談 Y.T.さん50歳男性 私は六年間、二府県で生活保護を受けています


皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

私は六年間、二府県で生活保護を受けています
名前 Y,T
年齢 50歳
住所 現在は愛知県名古屋市在住。

私は六年間で二府県、愛知県名古屋市と大阪市で生活保護を受けています。現在も愛知県名古屋市で生活保護需給中です。

初めて生活保護を受けたのは、当時44歳の時、大阪市で生活保護を受けました。生活保護を受けようと思ったきっかけは、仕事を失い、家賃を支払う事が出来なくなり、生活保護を受けるしか無いと思ったのですが、簡単には生活保護を需給する事は難しいと考えた私は、普通に申請したのではまず生活保護を受ける事は難しいのではないかと思い少し考えて区役所に生活保護の申請に行きました。

普通に仕事が無くなって困っているといっても、仕事が無いなら職業安定所に行って下さいと断られてしまうので、まず、仕事をしているのに、努力しているのに生活できない事をアピールしようと思いました。そうすれば生活保護は通りやすいと考えたからです。

私の取った方法はまずアルバイトについて、仕事はしているがもうすぐクビになってしまう。クビニなったら、家賃が』払えないどころか食べていく事もできない、少しでも早く生活保護を需給させて欲しい。というさくせんでした。アルバイト先に選んだのは、大阪市内にある小さなシティホテルのベットメイクの仕事でした。一日四時間程の労働で給料は日払い手渡しで三千円、と言うもの。




そこで一周間だけ働いて、手書きの給料明細書を持って、区役所に今の仕事を来週でクビニなる事が決まったので生活保護を受けさせてくれと言いました。すぐに担当の人が来て、その場ではなしを聞いた上、必要書類を持って明日、もう一度区役所に来てくれと言われたので、必要書類を揃えて区役所に出向いた所、書類に不備がないので、すぐに生活保護の申請に入り、一週間ぐらいで生活保護需給決定通知書と言う物が自宅に届いてあっさりと生活保護を需給する事が認められました。

申し込んでから需給が決定するまでの間に、当面の生活費がないだろうという事で二万円程、保護費の前払いという物を受けました、生活保護を需給している間に現在の妻と結婚して、二人ですむには部屋が狭すぎると言う事で、大阪市内で二回引越しをしましたが、引越し費用は二回共福祉のほうから出してもらいました。
現在は名古屋市内で生活していますが。名古屋市内でも、同じ様な手法で生活保護
を受給しています。大阪で生活保護を受けていた事は何も問題にならず、生活保護は名古屋市内でも、あっさりと認められ、現在も生活保護需給中です。




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