生活保護体験談 K.S.さん23歳女性 差し押さえ、そして生活保護


皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

差し押さえ、そして生活保護

K.S.23歳女性

わたしの家はもともと、そんなに貧乏な家庭ではありませんでした。父親がしっかり働けているうちは多い時で月50万以上の収入があったと聞いたことがあります。おかげさまでわたしは中学受験をさせてもらったり、高校生になるまではお金で不自由した覚えがありません。

生活が一変したのは、父親が会社を辞めて自営業を始めてからです。父親は自分の仕事に誇りを持っていたし、もともととてもプライドが高い性格だったので、自分に限って失敗なんてするはずないと思っていたんだと思います。会社の立ち上げは全くうまくいかず、毎日家でネットサーフィンをしていました。一時期はネットオークションで中古の漫画を売買して稼ぎを得ていたようですが、とても見ていられなかったです。

その後すぐに父親はガンを患いました。ガンは数年で治せたものの、後から知りましたが、術後の定期検診にはすぐに行かなくなったようでした。プライドが高く病院嫌いだった父親らしいと思います。




数年後に母親が亡くなってから、わたしの少ない稼ぎだけが、家の唯一の財源となりました。職を変えて営業に転身し、毎月無理して休みなく働いても、ほとんどが働かない家族のために消えていきます。20歳にして月30万以上稼ぐこともありましたが何も報われることはありません。わたしは家族を支えることに限界を感じ、父親の反対を押し切って一人暮らしを始めました。

一人暮らしをしてから、実家には月に数万円程度しか入れませんでした。父親は足りていると言っていましたが実際は火の車。さらに事業の失敗でうまれた借金もあり、父親は日に日に食欲がなくなり、何をするにも億劫になって動かなくなっていきました。

そんな状態になっても、生活保護だけは絶対に受けないと言いました。生活保護の申請をするには財産にあたるものを捨てないといけない。父親は母親との思い出である家や家具や車を手放したくなかったようです。

それでも生活保護を受けることになったのは、家の差し押さえがきっかけでした。その時初めて、家のローンを2年近く払っていなかったと知りました。細くなった身体で車で生活することになった父親に、親族や近所の優しい方々が、そんな痛々しい姿は見ていられない、お願いだから生活保護の申請をしてくれと必死で説得してくれました。

なんとかアパートの一室を探し、生活保護の受給が認められました。それから父親はしばらくの間、「生活保護受給者に対する、世間の目が痛い。とても生きづらい」と苦悩する日々を過ごしたようです。これも父親が亡くなった後に日記を見て初めて知ったのです。

生活保護受給者になってから数ヶ月で亡くなった父親。父親のことは好きではありませんが、その心中は大変複雑だったようで、不正を働く一部の生活保護受給者のせいで、肩身が狭い思いをする人間もいると知りました。




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA