生活保護体験談 M.T.さん46歳男性 母子家庭の友人二人の二通りの生活保護の例


皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

母子家庭の友人二人の二通りの生活保護の例
私は大阪市在住の46歳の男性会社員でM.Tと言います。
40年以上生きていますので様々な方と出合い,色々な人生模様を見て来ましたが、裕福な家庭も見て来ましたし本当に貧しくて毎日切り詰めて生活をしている、切羽詰った暮らしの方も見てきました。ある家庭のことですが家族三人で幸せに暮らしていた所、ご主人が急病で倒れてそのまま帰らぬ人になってしまい、残された奥さんが子供を一人で面倒を見る事になったのです。奥さんが30歳、子供が6歳でまだまだこれからの人生です。

奥さんは子供を育てるのに一生懸命働いていた為に疲労が重なってしまい、脳梗塞を発症をしてしまって右半身不随になってしまいました。子供も小さくて小学校一年生でしたので母親の心中として、どうやって育てていけば良いのか迷っている状態でした。

もちろん手足が自由に動きませんので働く事が出来ませんし、当然の事ながら収入がゼロですので生活もできません。そこで生活保護の受給申請をした所、役所の方も認めてくれて月に16万程を支給されていました。

全額が自由に使える額ではありませんし、そこから様々な費用が差し引かれるので生活の方も苦しいのです。アパートの家賃も払わなければなりませんし、電気、水道などの光熱費も引かれた上に食事代なども引かれてしまいます。残る金額は僅かでありますし明日の事を考えながら生活をしていました。

脳梗塞の後遺症の為に体が不自由だったのですが、僅かながらに両手が回復をして少しずつですが、指が動くようになって行ったのです。彼女の中で生活保護だけで生活をするのは恥ずかしいと思ったようで、少しでも働いて生活を楽にしようと内職を始めました。幾らまででしたら働いても良いと言う決まりがありましたので、上限額一杯まで家で出来る仕事を始めたのです。

指のリハビリも兼ねて始めたのが箸を箸袋に詰める作業だったのですが、毎日5時間作業をしても月に4万円にも満たない非常に効率の悪い賃金でしたが彼女は毎日がんばっていました。稼いだ賃金は僅かでしたが賃金の殆どを子供の衣服代に使っており、周りに貧乏な家庭だと思わせたくない子供思いの本当に素晴らしい母親でした。




一方で、もう一人生活保護で生活をしている母子家庭の世帯がありましたが、こちらは未婚の母と言われる世帯で最初から子供と二人で生活をしており、30代前半の母親と小学校一年の子供との二人暮らしでした。

母親が夜にスナックで働いて生計を経てていたのですが、ある日階段で転倒をしてしまい腰の骨を折ってしまったのです。医師には一生歩けないかも知れないと言われ、仕事も出来なくなりましたので生活保護の受給対象者になりました。

家で車椅子での生活になってしまい不自由な生活をしていたのですが、もしかすると手術をすれば歩けるようになると医師に言われた事がきっかけで手術を決意したのです。結果、手術は大成功をして殆ど生活に支障が無いレベルにまで回復をしました。

数ヶ月リハビリを重ねて自信を取り戻したのか再びスナックで働き始めたのですが、役所に見つかると生活能力があるとみなされて生活保護を止められてしまうので内密に働いていました。生活保護費が約15万、スナックの賃金が25万ですので合計で40万の収入があり、市にバレると間違いなく保護を止められてしまいます。

浮いたお金で豪華なバックを買ったり旅行に出かけたりしていたのですが、自慢げに話す彼女の姿に勘違いをしていると思いました。当人は贅沢な暮らしを望んでいたので役所に内緒にしていたのですが、世の中は上手く行かない物でしばらくして見つかってしまい、生活保護を打ち切られてしまいました。

何度か嘘を付いて再申請をしたそうですが、役所の方の目は厳しく嘘は誤魔化せないのです。話を聞いて可愛そうだと思う人はいないでしょうし、騙してお金を貰っていたのですから天罰だと思う人が大半だと思います。

体が動かなくても自分なりに努力をして少なからず賃金を頂いて生活をする人にはエールを送りますし、がんばって欲しいと心から願います。ですが騙して頂いた生活保護費を豪遊に使うなど不正受給をしている人もいますが、遊ばせる為にお金を渡しているのではありません。もっと審査を厳しくして甘い生活が出来ないようにして欲しいです。

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