生活保護体験談 K.S.さん47歳男性 生活保護申請を途中でやめて


皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

生活保護申請を途中でやめて

これは現在住んでいる宮崎県の都城市内へ移る前である、2006年の6月に生活保護の申請をしようと話し合い、私自身がその申し込み書類の作成と受給そのものを、途中で諦めた際に、後で法文などを調べたうえで当時の住んでいた実家のある鹿児島県側にある曽於市においての、給付基準に関して疑問を感じた事について記述をさせて頂きます。

当時の私が年金暮らしである父と住んでいた曽於市による、同給付制度に関しての書式自体はインターネット上からの申し込みなどは扱ったりしているものではなくて、紙面での申し込み書類作成仕様の様式のみからなるものでした。そして、そのうえでなるだけ現在のその申込者本人に近い全ての親族の方の氏名や住所などを記入して、そのうえでさらに保証人の指定をした記入欄や押印欄、給付を受けるべき本人の家族構成欄や今までの経歴の略歴欄などがあり、かなりな複雑な書式になっているような感じでもありました。




現在の生活保護法の9条の後段部分には「世帯の実際の必要の相違を考慮して、有効且つ適切に行うものとする。」とありますが、この条文部分と同給付制度の当時の曽於市による申し込み書類の書式のあり方との矛盾を感じ、私はもう少しこの必要即応の原則規定の後段部分に基づいたうえで、申込書式の仕様自体を簡易化をしたうえで、どうにか受給のための申請などは出来ないか、などと同市の担当者の方と、約30分前後くらいその場での討議をしました。

しかしながら、それでも私の場合は当時は世帯主などでは無く、自分自身のための同保護制度による給付という形になり、そのうえで、当時の曽於市による給付制度関連の市政条例規定では、どうしてもそうしたある程度煩雑な申し込み型式になっていて、その場での略式申し込みなどは出来ないと、当時の担当者の方から頑なに、諭されたような感じでもありました。決局はこれが実は当時の一番の、私は同保護給付制度の申し込み自体を諦めた事情です。

そしてそれから約5年後に現在の今の都城へ移り、それから曽於市の市長は現在の五位塚市長による市政に変わりましたが、当時の保護給付制度などよりもその申込書類の仕様がかなり簡略化をされており、先程の必要即応の原則などへ沿った内容になっていて、本当に驚いています。この事からやはり、こうした保護制度などもその時の自治体の首長による行政裁量や条例内容などによっても、こんなにも変わるものなのかと大変実感をさせられた次第でした。

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