生活保護体験談 N.T.さん35歳女性 生活保護を受けてみて


皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

生活保護を受けてみて

N.T.35歳女

生活保護を受けたのは二年半ほどでした。きっかけは引っ越して転職した勤務先でうつ病になってしまったことです。やっとの思いでなんとか退職はできましたが、汚い部屋で貯金を切り崩しながら生活していたところ、病院に行くお金もなくなり、死ぬしかないと考えて始めました。

準備をするため部屋を片付け始めたところ、最初に働いていた時に職場で受けた講座の資料が出てきて、講師をしていた社会福祉士の名刺を見つけました。いい先生だったことを思い出し、思い切って連絡をとると優しく対応していただけました。そして生活保護の申請を勧められました。「生活保護というと聞こえは悪いけれど、まず身体を治して、いつか社会復帰して納税できるようになれば、同じように困っている人間の助けもできるんだよ」と言われ、この方は遠方でしたが、わざわざこちらの同業者を紹介され申請のために一緒に役所へ行き、保健福祉部の生活福祉課に案内されました。

資産状況を調べるため、役所職員によって手持ちの通帳を全て確認され、財布の中身も確認されました。診断書も提出しました。家は賃貸で車は持っていませんでした。次に申し込みの書類に氏名、生年月日など記入しました。その際書類の漢字全てにルビが振ってあったことに驚きました。きっと漢字を読むことが困難な人たちがたくさん来るのでしょう。

実家は宗教に熱心で、それが原因で絶縁状態だったのでなんとか受給にこぎつけることができました。受給中はとにかく病院で出された薬を飲み、ぼんやりと一日一日が過ぎて行きました。月に一度職員に急に家を訪ねられるのには困りました。事前連絡が無いので強い薬で眠っている間に来られると対応できず、生活保護が打ち切りになるのではないかととても怖かったです。




ですが月初めに定期的に支給される生活保護費によって精神状況も安定し、少しずつですが外に出られるようになりました。そして友人が勤めていた幼児教育関係の会社でボランティアを始め、しばらく経つとそのままアルバイトに昇格しました。体調が不安定だったためきちんと定期的には働けませんでしたが、会社に理解があったこともあり、少ないですが月5万ほどの収入を得られるようになりました。

それからは月に一度職員に収入を報告するようになりました。収入が発生してもある程度の金額にならない限りすぐに打ち切られることがないことは知っていたので、安心してアルバイトできました。

それから8ヶ月後に生活保護は終了し、現在は別の会社でパートとして少ないながらも納税しながら生活をしています。よく働かずにお金が貰えて楽だと言われる制度ですが、働かずに日一日が過ぎるのを待つ生活は本当に辛いです。ボランティアを始めた頃は長い間喋ることが無かったためか口がうまく動かず、思ったことを言葉にして声に出して喋るのも困難で吃ることも多かったです。一度は完全に社会から切り離されたと思いましたが、こうやって自由に生活し、仕事をできるようになったのは生活保護のおかげだと強く思います。

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