生活保護体験談 K.T.さん30歳男性 普通の友人が生活保護を受けるまで


皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

普通の友人が生活保護を受けるまで

私は男性30歳K・Tです。現在は東京に住んでおり、私の受給体験では無く友人の受給体験をお話します。

私の友人は小学生から同級生で高校まで一緒でした。その子は女の子で、学校では特に変な感じも無い普通の女の子でした。家庭が生活保護を受けている事は、高校を卒業してから教えてもらいました。お母さんは、アルコール依存症で働けなく、お父さんは昔に離婚してシングルマザーでした。家庭はなかなか崩壊していたようで、その日食べるものもない日があったようです。お母さんがアルコールを買ってしまって、お金が無い事もあったそうです。

その子は高校ではアルバイトをして家庭を守っていました。卒業した後、就職はしないで水商売になりました。風俗嬢はその子の友達がエイズに感染してなくなった事があったので、キャバクラで働くことにしたそうです。キャバクラはかなりお金も良く、その子は高校を卒業して家を出たそうですが、結構稼いでいたみたいです。住んでる家もかなり高級な家でした。




4年位して、その子にあったときにはキャバクラをやめていました。どうやら体を壊して、お酒を飲む仕事をできなくなったそうです。キャバクラは毎日のように大量のお酒を飲み、吐き出し、朝帰り、夜出勤とかなりハードな仕事です。卒業してすぐに働きだし、その子は年齢を偽ってはじめは働いていたようでアルコールに対する耐性ももまだ出来ていないうちに夜の世界に飛び込んでしまったのでアルコール依存症になってしまったようです。
お母さんもアルコール依存症で、その子は私もきっとこうゆう運命だったんだと思うと言っていました。

キャバクラをやめた後、特に働きたい仕事も無かったようですが、日雇いのアルバイトで生計を立てていたみたいです。23の女の子が派遣で働く仕事はそこまで割の良いバイトではなく、工場のラインの仕事や引っ越しの補助のしごと等、重労働の仕事が結構おおいみたいでした。彼女はキャバクラで働いていたのでかなり金額もいい額をもらっていたので、その時の癖が抜けなく、お金使いも荒かったようです。

しかしバイトは大変なので、長く派遣のバイトも続かなかったみたいです。そのまま、生活保護を受けて結局はお母さんと同じ道を歩む事になりました。なかなか生活保護を始めると抜け出せないみたいで、今もアルバイトをしながら生活保護を受けて生活しているようです。正直アルバイトするよりも楽にお金がもらえてやめられないんだよねと言っていました。申請もそこまで厳しいものではなく、国としても申請が来た場合には基本的にはOKを出し、そこから審査をするという流れでやっているようです。生活保護を受給した後に、抜けることがとてもむずかしいようでした。

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