生活保護体験談 Y.K.さん24歳女性 母子家庭の生活保護受給者


皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

母子家庭の生活保護受給者

名前 Y.K 年齢24歳 性別女性 住まい佐賀市。

受給期間は私が9歳の頃から18歳まで生活保護を受給していました。なぜ、生活保護を受けるようになったのかというと、私の母は女手一つで私を育ててきました。39歳の時に私を産んでいたので年齢的にも体力的にもきつい中朝から夜まで仕事を掛け持ちで必死に私に苦労をさせまいと働いていました。

いつも母は、キツイ日も、笑顔で「大丈夫よ。」と私を安心させてストレスを抱えながら働きづめで頑張っていました。ですが、ある日の正午、下校途中だった私の元に血相を変えて現れた叔父がいました。まだ幼かった私でも分かり何事かと思いました。叔父の口から恐ろしい言葉を発されたのです。「お母さんが倒れた。早く病院に行こう。危ないよ。」と、私の頭は真っ白になり、病院に向かう途中、何が何だか分かりませんでした。

病院に到着し、真っ先に走りました。まだ、緊急手術中で、まだかまだかとパニック状態になり、「お母さんは大丈夫?死なないよね?」と、ずっと叔父に問いただしていました。叔父は私に「もうすぐ、お母さんに会えるからね。きっと大丈夫だから。」と、私を安心させました。数時間後、母がベッドに運ばれて呼吸器をつけられている姿を見て、安心しました。お医者さんによるとあと、1時間遅かったら亡くなっていたとのことで、母はストレスが原因で腸閉塞になっていました。




その後遺症からか、働けなくなり、生活保護を受けることになりました。役所に申請すると生活保護は受給できます。申請しないと生活はできません。母子家庭の為、私も病院代など国からの免除で支払いがありませんでした。その点、生活保護の金額は少なく、ギリギリの生活を過ごしてきました。でも、働けなくなって、仕事ができない状態になって、こうやって、国からの保護があり、今ではすごく感謝しています。この、制度がなければ私たちは、生活も出来なく学校も行かず、食べるものですらない可能性があるのです。アルバイトをしてもすぐに役所の方にバレてしまうのでアルバイトで稼ごうと思っても難しいと思いますよ。

そして、母は私が18歳の時に医師から、「もう、社会復帰しても大丈夫ですよ。」と許可が降り、今では、うどん屋さんのパートで楽しく働いています。不便な点は、車を所有してはいけないというところです。田舎に住んでいた私は、車がないとすごく不便なところだったので、多少苦労しました。いつ何があるのか分からない。本当にこういう制度があり、助かったと思います。

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