生活保護体験談 T.N.さん40歳女性 生活保護の弟を抱えた家族の葛藤


皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

生活保護の弟を抱えた家族の葛藤
筆者 T.N 受給者 弟F.O
筆者年齢 40代(女性) 受給者 弟 38歳(男性)別居の弟は現在も生活保護受給中。
場所は大阪市です。
弟は小さい頃から心優しく、友達も多いタイプでしたが、その分お人好し過ぎて人間関係に疲れるタイプでした。

そんな弟が登校拒否になり、高校を中退して工事現場などで働き始めましたが、騙されて借金を抱えたりしながら、次第に引きこもるようになりました。
そして、適応障害と鬱と診断されました。
しかし、調子がよくなると外に出て仕事をして、借金を作るを繰り返しました。

家族は疲弊し、父と母が亡くなった後、私と弟だけになりました。
私は8年前すでに結婚していましたので、弟と同居はしていませんでした。母と弟が最後一緒に暮らしていて、貯金などはほぼなく、古い家を更地にして売却する手続きを私がやり、残った数百万を弟がもち、弟は安いアパートにうつりました。

そして、それから連絡が途絶え、6年前、大阪市役所の生活保護の担当の方から連絡がきました。
弟が生活保護を申請しているとのこと。
扶養者に私がなれないかと。
そしてその時知らされた事実が、弟は統合失調症になっているとのことでした。
弟を扶養するということはその通院代もすべて出すということ。
夫の転職したてで小さな子供が二人もおり、在宅で扶養範囲内で働いている私には無理な話でした。




そこでそれを役所の方に話し、扶養放棄の書類を書くことにしました。
簡単な書類で、援助できない理由も「夫の収入で生活しておりこちらも生活が苦しい。」ということで、扶養や援助を免れました。
役所の人は家に来ることもなく、電話連絡のみでした。
夫にばれることもありませんでした。

その後弟から連絡が来ました。
統合失調症と腎臓を患ってて働けないと。
中でも大阪市が比較的生活保護の申請を受け入れてくれるハードルが低いらしく、大阪市に転居したということでした。
私にはもうどうにもできなかったので、うなずくことしかできませんでした。

それから現在も弟は生活保護を受けています。
おかげで通院もでき、時々入院もしています。
これは弟から聞いた話なのですが、弟の知り合いで、生活保護中に万引きをして捕まった人がいるそうです。
結局書類送検という形になって釈放されましたが、留置場にいた数週間分の間は生活保護はとまりました。なぜなら、留置場で食事や生活が保障されるからです。
釈放されてからまた、書類を書いて再開ということになったそうです。
そのあたりの連絡はすべて警察から市役所にいくようになっているみたいです。

生活保護の月々の詳しい額は聞いていませんが、だいたい十万ちょっとだと思います。ただ、医療費は無料なので、そう苦しい生活にはなっていないように思えます。派遣やフリーターで生活している人のほうがもしかして苦しいのではないか、と正直思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA