生活保護体験談 S.H.さん33歳女性 友人のお父さんの話


皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

生活保護を受けるという意識

私は33歳のS.H.と言います。これから話すことは地元の友人の話です。

友人のお父さんに、体を壊して働けない、Mさんと言う人がいました。Mさんは当時50歳で、体が弱いらしく、もう十数年は働いていなかったそうです。Mさんが働けなくなったのは所謂アルコール中毒により肝臓を壊したのが原因だそうで、その時に入院し、体に沢山の機械をつけられ、苦しかったのが嫌で退院後も通院を拒み、自宅で療養したそうです。療養と言っても、自宅でも毎日飲酒をかかさずされ、奥さんは数年でそれから日もたたず出ていかれ、持ち家の自宅でお酒を飲み、喫煙し、暇があればパチンコに行くという自由な生活をしていました。

成人になる友人がすべて生活費を出していたのですが、パチンコに行くことを止めても仕事に行ってる内に家のお金を盗んで行っていました。友人は貯金もできず、それどころか借金を重ねるMさん。支払いはもちろん友人。私は友人に相談される度に何度も働かせるように、家を出るように勧めましたが、「お母さんにも出ていかれたお父さんが不憫だ」と言っては結局Mさんを養っていました。

それから一年ほどたった頃、友人に結婚の話が上がりました。会社の先輩で、優しい人の様でした。そこから家を出ようという話になった時に喧嘩になったそうです。
Mさんは「お前が出て行ったらどうやって生活しろというんだ!飯は?掃除は?金は?お前がおらんと生活保護もらって一人で暮らせってか!」と荒れて、友人はもうダメだと思ったそうです。私が幸せになる事より、自分の生活のことしか心配しない。いつまでもお母さんの代わりはできない。一人で生きて行ってもらおう。やっと気持ちが固まったようでした。

それからは飲酒をしてない時の比較的大人しいMさんを連れて、生活保護の申請しに行きました。ところが申請は通りませんでした。娘がいること、持ち家があること、何よりMさんが受給が必要な人には見えない。肝臓が悪いのなら病院で内臓疾患の障害である証明をまず持ってきてください。Mさんはそれを聞いても頑なに病院へは行きませんでした。




正直な所、私が友人宅に遊びに行った時もMさんは飲酒されているときは陽気で、パチンコの話をされるので「パチンコ行けるのなら働けるのでは?」と常々思っていました。なぜ病院に行くのが嫌なのか、もしかして仕事ができない程の病気だというのは嘘ではないか。それを友人に伝えてしまうと友情が壊れそうで言えませんでしたが。Mさんは娘に本当に捨てられると分かり、飲酒して気が大きくなった時に何回も役所に行っては受給しろと暴れたそうです。

友人の結婚の話が出て、友人母は喜びながらもMさんの事を危惧していました。耐えられなくなって出て行ったけど、娘を心配していたし、可愛がっていた娘に頼るような事はしないだろうと信じていたと。友人に代わり、友人母がMさんが一人で生きて行けるように考えてくれることになりました。

たまにお母さんが通われ食事と家事をし、生活保護を受給するのに必要な病院の通院も勧めましたが、絶対に行かないと言っていたようで。結局お母さんが住まれる事になりました。友人の結婚式ではMさんは嬉しそうにお酒を飲んでいて、今も元気に宮崎県都城市で暮らしていらっしゃいます。

テレビを見ていると生活保護って本当に必要な人が申請すら通らなくて亡くなる事件や、「受給できたのになぜしなかったの?」という場合もあります。ですが反対に「不正受給しているな」という人も多くニュースになります。必要な人が受け取れず、必要がない人は楽をする為に申請するのはどうなのでしょう。税金は正しく使われてほしいと思います。

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