生活保護体験談 H.H.さん35歳男性 交際相手が生活保護を受けていました


皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

以前付き合っていた相手が生活保護を受けていました。
35歳男性のH.Hといいます。
神奈川県茅ヶ崎市に在住しています。自分は発達障害者であり、20代の頃はサラリーマンをしていましたが、現在は障害者手帳と障害者年金を受給して、実家住まいで年金暮らしをしています。障害者の身分であり、将来生活に困って生活保護を需給する可能性があり、心療内科の担当医にも相談をしています。今のところ、病院としてはケースワーカーと担当医が連携しつつ、いつでも役所への連絡、申請など全力でサポートできると言ってくれています。私には、一年前付き合っていた彼女がいました。西日本の出身で、以前からネットのSNSで繋がっており、東京にイベントに来た時に何回か会ったりしていました。三年前に東京へ出て一人暮らしをしたいと言って、そのときちょうどSNSで密に連絡を取り合うようになり、そのまま東京に来た直後に付き合い始めました。
彼女の親がいわゆる「毒親」であり、束縛などが強く、自立したいと思い逃げるように東京に来たようでした。

始めは他の友人とルームシェアして、登録制のコンビニのバイトをしていました。しかし一年ほど経つと、ルームシェアしていた友人と仲が悪くなり、またコンビニのバイトが、人間関係の苦痛やミス続きで辛いと次第に言い始めるようになりました。
うつ状態で悲壮な言動になることが多くなり、デートのときに突然過去の嫌な事を思い出してヒステリーを起こすようなことが増えたので、私が通っている心療内科を受診するよう勧めました。検査の結果、うつとADHDがあることがわかりました。

コンビニバイトは強引に登録を解除し、ルームシェアを解消して急な動きで引っ越しし、しかし生活するお金がない(彼女の親は全く援助してくれず、お金はおろか食料や生活品すらも送ってきたことは一回もありませんでした)ので、私が多額のお金を貸しながら、役所に相談し生活保護を申請しました。




生活にリアルタイムで困っていたうえに精神障害者手帳があったので、受給はすぐに降りました。金額は月13万円ほどとのことでした。一人暮らしであったので、私も時々彼女の家に遊びにいって、一緒に音楽を聴いたり料理を振る舞ったりして、幸せな生活を過ごしていました。クリスマスと年末には、ささやかにパーティをしたりしました。

しかし、半年ほど経ったとき、彼女は突然生活保護を取りやめて、今度は倉庫作業のバイトで働き始めました。彼女曰く、無職で生活保護の身分は嫌だったそうです。倉庫作業の仕事がうまく行っていたようで、私はその時にはすでに年金受給生活だったので、無職であり情けないと見下されるようになり、次第に仲が悪くなって別れました。

今思えば、彼女もまた精神障害者であったので生活保護をそのまま受給しながら生きていくほうが幸せだったと思います。しかし、付き合い始めたときからそうだったのですが、一度生活が安定すると、次第にそこに不満を抱き、いちいち新しい方向に変化させないと気が済まない性格の人のようでした。
私は逆で、今の実家住まいの年金生活は、仕事をしていた時に比べお小遣いも少ないし親の束縛もありますが、すでに3年間、自分なりに満足に生活しています。普段は家やカフェでネットや動画を見たりゲームをしながら過ごし、月に数回、友人と遊べる生活をささやかに楽しんでいます。

両親が亡くなった後などは、年金額では生活が賄えなくなる可能性はあるので、生活保護の受給も視野に入れています。

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