生活保護体験談 K.F.さん42歳男性 知り合いのおじいさんの話


皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

知り合いのおじいさんの話

私は42歳、会社員のKFです。私は学生の頃山口県の下関市に住んでおりました。

私の住んでいる自宅の近くに80歳を超えるおじいさんが住んでいたのです。おじいさんはおばあさんを早くに亡くし一人で生活しておりました。もちろん子供はいるようで週末になるとお孫さんがきている様子を伺うことはできました。しかし、夕方以降になると一人でご飯を作り一人で生活していたような感じでした。

そのころ、私が自分の母親に聞いたおじいさんのお話です。おじいさんにはお子さんがいて皆さん成人されていたのですが、同居を断っていたそうです。その理由はやはり迷惑をかけたくないからということでした。そして自分で生活をすることを決めていたそうです。

しかし収入面でとても苦しく、そのたびに息子さんたちが面倒を見たいといってくれてるようでしたが、自分で何とかするといい、生活保護などの申請をしていたそうです。
私からすると面倒見てもらえばいいのにと思ったのですが、おじいさんは迷惑かけたくない気持ちが強かったのかもしれません。

そして生活保護の受給を受けるにしても最初は審査が通らなかったとのことです。その理由は役所からお子さんに面倒見てもらうべきだといわれたとのことで、確かにそれは一理あるとも思いました。しかし、おじいさんは迷惑をかけたくない一心で生活保護の申請をし続けたとのことです。

そして何とか申請が通り、生活保護の受給をしていたそうです。おじいさんは孫たちにとても優しい顔でいつも接しているような方でした。はたから見ていてもそれが良くわかる人物であったと思います。




そんなある日、おじいさんが入院していると母に聞いたのです。私は年齢も高齢なので心配だろうなと思いつつ生活していたのです。そしてそれから1週間しておじいさんの家から家財道具などが出されているのを見ました。おじいさんは引越しするのかと母に聞くと、入院が長引くらしく、費用がかかるために部屋を引き払うとのことでした。

私はそのときのおじいさんの気持ちを考えたのです。帰る家がないということはどういうことなのか、どういった寂しい気持ちになっているのかを考えました。もちろん、おじいさんは家を引き払っていることを知らないかもしれません。おじいさんのお子さんたちが判断をした上で行動している可能性もあります。

そして病院で入院している間少ない生活保護から支出をするよりも入院費用に当てるほうが良いと言うことも理解しておりましたが、やはり帰る家がなくなってしまうということがかわいそうに思えてしょうがありませんでした。

その後、おじいさんが亡くなられたことを母より聞き、おじいさんは最後まで一人でがんばって生きていたのだなと思いました。もちろん生活保護の金額がどの程度かは正直分かりませんが、決して贅沢な暮らしをしているようには思えませんでした。

むしろ、孫が帰る際、いつもお小遣いを渡しているおじいさんを見て金額は分かりませんでしたが、孫たちの喜んでいる顔をほほえましく見ているおじいさんがとても優しそうに見えました。こういったまじめに生きている人にこそ国はもっと優しくしてあげて欲しいと心から思います。

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