生活保護体験談 T.K.さん40歳女性 母が生活保護を受給してました


皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

母が生活保護を受給してました
ある日突然、知らない役所から「扶養状況照会書」というものが届きました。ぎょっとして封筒を開封し、文書を読むと、離婚して数年間、子供にさえ連絡先を残さず音信不通だった母が、この役所が管轄している所在地で生活保護の申請をしたというのです。このため、扶養義務のある親族に、母を扶養する意思があるか・扶養が可能かどうかを確認するための文書でした。

父はモラハラ体質で、母も相当の精神的被害を受けたのは理解しているので同情するのですが、ずっと専業主婦でなんのスキルもなく、新聞配達のバイトも1ヶ月でやめた世間知らずなのに、見切り発車で離婚しました。離婚するのはしょうがない、しかしその後の生活をどうするのか問い詰めたことがあったのですが、「なんとかなるわよ」と完全に他人事。
自分のことのはずなのですが、母の思考回路が私には全く理解できませんでした。その頃、祖父の遺産が少し手に入ったので、気も大きくなっていたのでしょう。何を言っても聞く耳を持たない母の説得をあきらめて放置し、数年間音信不通だったのです。

さらにその後の態度がひどかったです。
「こんな可哀想な私の要求を、子供であるお前達は全て受け入れるべき」
という感じで、子供の援助を勝手に最初からアテにしていた様子なのです。しかも
「生活が苦しいからお金の援助をして欲しい」と直接話をするのなら私も考える余地はあったのですが、
「お前たちのお父さんにさんざんいじめられて、こんなに傷ついて気の毒でか弱い私に、お前たちは何かすべきことがあるんじゃないかい?」
「こんな可哀想な私を働かせる気か。お前たちは人の心というものがないのか」
という、超絶上から目線。お母さんはまだ50になったばかりなのだからパートでいいから働いて欲しい、というまっとうな意見を言うとぶすむくれてそっぽを向いてだんまりを続ける始末。私はもちろん、弟も妹もそのうち疎遠になっていきました。




結局母は、私達子供に対して、父と同じような態度を取っているのです。父の私たちに対するやり方をそばで見て、「子供にはこういうふうに接すれば、自分の言うことを聞くものだ」と学習したのでしょう。私たちが父の言うことを聞かざるを得なかったのは、経済的に圧倒的に不利だったからです。自分たちの衣食住を確保するためのサバイバルそれは母も同じだったはず。

すでに自活している私たちにそのような態度を取って、なお自分は子供たちに愛されているはずだから援助するはず、子供は親に援助するべきなんだ、と思い込めるその図太い神経が、私には今も理解できません。思い起こせば、父が私たちにモラハラをしているとき、横でただ見ているだけで助けてくれなかった母に対する「情」など、とっくにないのです。残念ながら母は、そのあたりの人間の情の計算ができない、気の毒なくらい頭の弱い人だったのです。これではどこへいってもやっていけないでしょう。

扶養状況照会書には「経済的理由で扶養不可」と記入し、そのまま返送しました。離婚した父も弟妹も、特に申し合わせたわけではないのに「扶養不可」と回答したようで、申請は審査を通り、無事に生活保護が受給できたらしいです。




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