生活保護体験談 Y.K.さん35歳女性 自営業の店を閉め生活保護を受けました


皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

自営業の店を閉め生活保護を受けました
私は数ヶ月前まで生活保護を受給していました。今となっては再就職したものの、ほんの少し前までは生活保護を受けており、その間は本当に辛い生活を強いられていました。私は岩盤浴をメインとする自営業を経営していたのですが、今の日本社会の不況の影響をもろに受け、経営は赤字が続いており、かなり厳しい状態でした。そして、専門機関から借金をしながらも何とか経営を続けていたものの、赤字は膨れあがりついに手が回らなくなり、店を閉めざるを得なくなりました。

店を閉めたのと同時に専門機関への借金の返済の目処を返答しなければならなくなりましたが、もちろん無職となった以上、その目処はありませんでした。そして、不運は続き、一緒に自営を営んでいた夫が病に倒れ、その治療費が嵩み、貯金は尽き、生活保護を利用せざるを得ない生活になりました、生活保護を申請するにあたり、色々な覚悟が必要でした。自分たちだけでは生きていけないと言うことを認めること、世間からの目、最低限の生活と治療費の兼ね合いなどです。




申請は思ったよりスムーズに行き、比較的簡単に受給の許可をもらえました。しかし、いざ、生活保護の受給が始まってみると、それは本当に辛い生活でした。本当に「最低限」でしか生活が出来ないのです。夫の治療費のことも考えると、食費も「売れ残りの時間を狙ったタイミング」でスーパーに買い物に行き、お風呂も湯船にはつかることが出来ず、22時以降は電気を消す、という生活をしていました。もちろん欲しい物は買えず、どこかに遊びに行くことは出来ませんでしたし、「お腹いっぱいになるまで食べる」ということも出来ませんでした。そして、保護費の多くは夫の治療費としてなくなっていきました。

専門機関への借金の返済を何とか延長してもらいながら極貧生活を続け、私はコンビニのレジ打ちのアルバイトを始めました。アルバイトといえども「働き先が見つかった」と言うことで生活保護の受給はそこでとまり、私の収入だけでの生活が始まりました。

生活保護を受けていたときとほとんど変わらない生活状況でしたが、辛抱の末、夫の病は回復し、私たちは再度人生をやり直すスタートラインに立つことになりました。私はコンビニのレジ打ちのアルバイトを続けながら、夫は何とか再就職できた証券会社の契約社員として2人3脚で生活していっています。生活は変わらず貧しいですが、「生活保護のあの頃を乗り越えられたから絶対やれる」を2人の合い言葉にして、何とか生活しています。




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