投稿者「tontonton」のアーカイブ

生活保護受給の条件とは?

生活保護は申請さえすれば誰でも受給できるのでしょうか。いいえ違います。生活保護を受けるには大きく分けて3つの条件があります。ここではその条件についてまとめてみました。


生活保護の3つの条件

  1. 生活を維持していけるだけの収入(基準額)が無いこと。
  2. 生活を援助してくれる身内、縁者がいないこと。
  3. 資産、財産(不動産や車など)が無いこと。

  1. 生活を維持していけるだけの収入(基準額)が無いこと。
    生活保護は世帯単位で支給されるもので、最低限の生活を維持するためにあります。最低限の生活をするために必要とされる金額が基準額で、住んでいる地域や家族構成、年齢などによって変わってきます。厚生労働大臣が定める基準に基づいて計算される最低生活費から収入(給料や年金)を引いた額が生活保護費となり毎月支給されます。

  1. 生活を援助してくれる身内、縁者がいないこと。
    生活保護を申請する前に、まずは家族や親族に援助を頼んでください。
    あなたが生活保護を申請すると、福祉事務所から親や兄弟、3親等以内の親類に「扶養照会」という通知が届きます。これは生活保護を受けたい人を援助することが可能かどうかを家族や親類に確認するための書類で、もし援助できる人がいれば生活保護を受けることはできません。




  1. 資産、財産(不動産や車など)が無いこと。
    生活保護を受ける前に、処分できる資産は全てお金に換えてください。家や車などは資産とみなされますので、すべて売却して生活費に当てる必要があります。借家やアパートは自分の家ではないので生活保護を受けることが出来ます。例えばローンを完済した売却可能なマンションにお住まいの場合、売却して現金化できるまでに1ヶ月以上かかる場合もあります。それまでの期間生活していくだけの収入が無い場合、現金化されるまでの間の生活保護を受けることが可能です。車を所有したまま生活保護を受けることは基本的に出来ません。その理由として3つの要因が挙げられます① 毎月の維持費が高額で生活を圧迫する。
    車を維持するにはガソリン代、駐車場代、保険料、車検代など月間数万円の出費が必要となります。これを少ない生活保護費から支払うのは難しいでしょう。② 万が一の事故の場合、賠償能力に問題がある。
    交通事故を起こしてしまった場合、賠償額が保険の範囲内であればよいのですが、その上限を超えた場合、生活保護受給者には賠償する能力がありません。③ 生活保護を受けていない低所得世帯とのバランスが取れない
    所得が少なく困窮していても生活保護を受けていない世帯はたくさんいらっしゃいます。車を所有していない低所得世帯も多数いらっしゃいます。生活保護を受けながら車を所有した場合、その方たちとの地域内でのバランス取れ無い事は容易に想像がつくでしょう。

生活保護を受けながら車は持てますか?

 

生活保護でもらえる金額(支給額)はいくら?

生活保護を受けようと考える時、一番気になる事は「一体いくらもらえるのか」だと思います。実際に支給される保護費の目安がわかれば、受給後の生活をイメージしやすくなるし、その後の生活の建て直しも計画が立てやすくなります。

生活保護費の支給額とは。

生活保護費はお住まいになっている地域、年齢、家族構成によって変わってきます。支給額は厚生労働大臣が定める基準に基づいた「最低限度の生活が出来る」金額に収入が足りない異場合、その不足した金額が支給されます。この収入とは給与や年金、各種福祉手当、扶養親族や元の配偶者からの仕送りなどその世帯に入ってくるお金を全て合計した金額です。

保護の種類と内容

生活保護で支給される保護費は以下の8種類の合計になります。

生活を営む上で生じる費用 扶助の種類 支給内容
①日常生活に必要な費用
(食費・被服費・光熱費等)
生活扶助 基準額は、
(1)食費等の個人的費用
(2)光熱水費等の世帯共通費用を合算して算出。
特定の世帯には加算があります。(母子加算等)
②アパート等の家賃 住宅扶助 定められた範囲内で実費を支給
③義務教育を受けるために必要な学用品費 教育扶助 定められた基準額を支給
④医療サービスの費用 医療扶助 費用は直接医療機関へ支払
(本人負担なし)
⑤介護サービスの費用 介護扶助 費用は直接介護事業者へ支払
(本人負担なし)
⑥出産費用 出産扶助 定められた範囲内で実費を支給
⑦就労に必要な技能の修得等にかかる費用 生業扶助 定められた範囲内で実費を支給
⑧葬祭費用 葬祭扶助 定められた範囲内で実費を支給




実際の支給額は月額いくらくらい?

支給額はお住まいの地域によって増減がありますが、生活扶助と住宅扶助の合計金額「最低生活費」のイメージはこんな感じです。

単身
20代 単身世帯
86,130円~66,760円+家賃50,000円~30,000円=136,130円~96,760円
50代 単身世帯
83,980円~65,090円+家賃50,000円~30,000円=133,980円~95,090円
家族
30代 夫婦+子供2人の4人世帯
176,365円~144,937円+家賃69,800円~37,000円=246,165円~181,937円
60代 夫婦の2人世帯
123,760円~95,910円+家賃64,000円~34,000円=187,760円~129,910円
母子家庭
30代 母親+子供1人の2人世帯
140,800円~111,080円+家賃64,000円~34,000円=204,800円~145,080円

この「最低生活費」が毎月支給されて、それ以外の6種類の保護費が必要に応じて加算されます。

生活保護受給で免除になる各種支払い

生活保護受給で免除になる各種支払い

生活保護受給者には支給される保護費以外に、各種の支払いが免除または減免になります。ここではどのような支払いが免除になるか見てみましょう。

免除される各種支払い
・ 住民税(市・県民税)
・ 固定資産税
・ 軽自動車税
・ 国民年金
・ 水道料金
・ 公営住宅の保証金と共益費
・ NHKの受信料
・ 公立高校の授業料
・ 保育園の保育料
・ ごみ袋支給
・ 粗大ごみ廃棄料金
・ 交通機関の無料券配布
・ 入院助産費用
・ 介護保険

これだけの支払いが免除または減免となります。それでは詳しく解説します。

住民税(市・県民税)

住民税は就労収入に課税されるものなので、就労収入がない生活保護受給者には税金はかかりません。(若干の就労収入がある保護者については例外はあります。)

固定資産税

生活保護受給者は資産を持っていないのが前提ですので、基本的に固定資産税はかかりません。持家・土地など、処分できない固定資産を持っている方についても、役場の税務課に、固定資産税減免申請をすることにより、固定資産税は免除されますので、担当ケースワーカーと相談しておこなって下さい。

自動車税・軽自動車税

生活保護受給者は自動車の所有は認められていませんが、僻地に住んでいる、体に障害があり通院や通勤に必要、自営業者で仕事に必要等の理由に所有が認められるケースもあります。その場合、生活保護法による生活保護を受けている人の所有する自動車・軽自動車が1台減免の対象となっている市町村が多いようです。お住まいの自治体の窓口にご確認下さい。

国民年金

生活保護の受給期間中は「法定免除」となり国民年金保険料の支払いは免除されます。ただし納付しないという状況は同じでも、全額免除と未納は全然違います。正式な手続きをして全額免除になった場合は、受給資格期間にカウントされますが、未納の場合はカウントされません。「未納」のままですと将来の年金給付が行われないこともありますから、必ず「法定免除」の手続きを行ってください。

水道料金

生活保護受給者は水道料金・下水道料金基本料金等が免除されます。
【減免内容】
・水道料金 基本料金と1月当たり10m³までの従量料金の合計額
・下水道料金 1月当たり8m³までの料金

公営住宅の保証金と共益費

公営住宅入居時の保証金とその後の共益費は、「住宅扶助」の対象となり免除されます。

NHKの受信料

生活保護法に規定する扶助を受けている場合はNHKの「日本放送協会放送受信料免除基準」に該当する為全額免除されます。

公立高校の授業料

生活保護の「教育扶助」で支給されるのは義務教育(小学校・中学校)までです。しかし現在の日本の一般家庭では高校進学率は90%をこえており、最終学歴が中学校卒業だと、将来就職することに制約が出てきます。このため長期的に見た場合、高校卒業した方が世帯の自立につながるとの考えから、公立高校に進学する場合は、入学準備金や高等学校等就学費は「生業扶助」から支給されます



保育園の保育料

子供の保育が世帯の自立(就職)を妨げては、生活保護の主旨から外れてしまうので、生活保護を受けている場合は、認可保育所の保育料は無料になります。多くの保育所では、生活保護世帯に対して優先枠や優先措置を採用しており、母子世帯であればさらに優先されます。

ごみ袋支給

家庭ごみ処理有料化に伴う負担軽減措置として生活保護受給世帯には、市町村の指定ごみ袋が一定枚数配付されます。

粗大ごみ廃棄料金

生活保護法に基づく保護を受けている世帯を対象に、粗大ごみ処理手数料の減免を実施している自治体が多いようです。

交通機関の無料券配布

生活保護受給世帯向けに、公共交通機関の無料券が配布されている自治体があります。例えば東京都の場合は都営地下鉄全線、都バス(江東01を除く。)、都電、日暮里・舎人ライナーで利用できる「都営交通無料乗車券」を発行しています。

入院助産費用

出産に当たって、保健上必要であるにもかかわらず、経済的な理由で病院又は助産所に入院できない妊産婦の方を対象に、その費用を助成します。

介護保険

生活保護受給中でも介護保険料は支払う必要があります。支払わなければいけないという意味では免除されていませんが、負担はないため実質免除されています。特に手続きは必要なく、担当ケースワーカー及び介護保険担当課が処理を行います。

以上の項目で生活保護受給世帯は支払いの免除や減免が受けられます。詳しくは担当ケースワーカーに相談して見てください。

生活保護でもらえる金額(支給額)はいくら?

みなさんからお寄せいただいた生活保護体験談

みなさんからお寄せいただいた生活保護の体験談やエピソードを集めてみました。出来るだけ原文のままおのせしていますが、プライバシーに関するところは改変してあります。色々な方の様々な体験が読み物としても心に響きます。

生活保護体験談






















生活保護体験談 T.K.さん40歳女性 母が生活保護を受給してました

皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

母が生活保護を受給してました
ある日突然、知らない役所から「扶養状況照会書」というものが届きました。ぎょっとして封筒を開封し、文書を読むと、離婚して数年間、子供にさえ連絡先を残さず音信不通だった母が、この役所が管轄している所在地で生活保護の申請をしたというのです。このため、扶養義務のある親族に、母を扶養する意思があるか・扶養が可能かどうかを確認するための文書でした。

父はモラハラ体質で、母も相当の精神的被害を受けたのは理解しているので同情するのですが、ずっと専業主婦でなんのスキルもなく、新聞配達のバイトも1ヶ月でやめた世間知らずなのに、見切り発車で離婚しました。離婚するのはしょうがない、しかしその後の生活をどうするのか問い詰めたことがあったのですが、「なんとかなるわよ」と完全に他人事。
自分のことのはずなのですが、母の思考回路が私には全く理解できませんでした。その頃、祖父の遺産が少し手に入ったので、気も大きくなっていたのでしょう。何を言っても聞く耳を持たない母の説得をあきらめて放置し、数年間音信不通だったのです。

さらにその後の態度がひどかったです。
「こんな可哀想な私の要求を、子供であるお前達は全て受け入れるべき」
という感じで、子供の援助を勝手に最初からアテにしていた様子なのです。しかも
「生活が苦しいからお金の援助をして欲しい」と直接話をするのなら私も考える余地はあったのですが、
「お前たちのお父さんにさんざんいじめられて、こんなに傷ついて気の毒でか弱い私に、お前たちは何かすべきことがあるんじゃないかい?」
「こんな可哀想な私を働かせる気か。お前たちは人の心というものがないのか」
という、超絶上から目線。お母さんはまだ50になったばかりなのだからパートでいいから働いて欲しい、というまっとうな意見を言うとぶすむくれてそっぽを向いてだんまりを続ける始末。私はもちろん、弟も妹もそのうち疎遠になっていきました。




結局母は、私達子供に対して、父と同じような態度を取っているのです。父の私たちに対するやり方をそばで見て、「子供にはこういうふうに接すれば、自分の言うことを聞くものだ」と学習したのでしょう。私たちが父の言うことを聞かざるを得なかったのは、経済的に圧倒的に不利だったからです。自分たちの衣食住を確保するためのサバイバルそれは母も同じだったはず。

すでに自活している私たちにそのような態度を取って、なお自分は子供たちに愛されているはずだから援助するはず、子供は親に援助するべきなんだ、と思い込めるその図太い神経が、私には今も理解できません。思い起こせば、父が私たちにモラハラをしているとき、横でただ見ているだけで助けてくれなかった母に対する「情」など、とっくにないのです。残念ながら母は、そのあたりの人間の情の計算ができない、気の毒なくらい頭の弱い人だったのです。これではどこへいってもやっていけないでしょう。

扶養状況照会書には「経済的理由で扶養不可」と記入し、そのまま返送しました。離婚した父も弟妹も、特に申し合わせたわけではないのに「扶養不可」と回答したようで、申請は審査を通り、無事に生活保護が受給できたらしいです。




生活保護体験談 A.N.さん35歳女性 私の生活保護体験記

皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

私の生活保護体験記
私は埼玉県在住、35歳の女A.Nです。現在就労しており、生活保護停止中です。生活保護を申請したのは今年の3月になります。

元々は日雇いの派遣社員として就労し、生計を立てていました。しかしある時から、仕事中にストレスを感じると声が出せなくなり、仕事を続けることができなくなったため、辞めてしまいました。その後は人前に出るのが怖かったため、家に引きこもり、預貯金を切り崩しながら生活していましたが、預貯金も底を尽きてしまいました。また家族からの援助についても、父と母を早くに亡くしているため、一切受けられない状況でした。どうしようもなくなった私は、インターネットで生活保護についての情報を見つけ、福祉事務所に相談することにしました。

まず福祉事務所に電話をかけ、「生活保護の申請をしたい」と伝え、日時の調整をしました。また持参するものとして、身分証明書、保険証、通帳、居住物件の契約書等を用意するよう言われました。そして当日、若干緊張しながら福祉事務所を訪れたわたしは、個室に案内され、相談をすることになりました。そこで今までの経歴、現在の資産保有状況、家族から援助を受けられないか、病歴はあるか等を確認され、一通り話が終わると、生活保護申請書等一式書類を渡され、申請することができました。

私が最初に抱いていたイメージでは、「働けるんだから保護受けられないよ」と門前払いされるものだと思っていましたが、後から聞いた話だと、保護を申請する権利は誰にでもあるため、それを拒むことはできないのだそうです。申請を受けてくれた方の話だと保護申請後に審査があり、14日から30日以内の間に結果がわかるとのこと。その期間は「却下されてしまうのではないか」と気が気じゃありませんでした。ちなみに審査というのは「その人が保護を受けるべき人間なのか」を調査するため、親族、銀行口座、保険を全て確認するのだそうです。




そして申請してから1ヶ月近くになった頃、福祉事務所から連絡があり、「保護受給開始となりました。説明とお金を渡したいので事務所まで来てください。」との連絡がありました。事務所にいくと再び個室に案内され、担当のケースワーカーが挨拶。20代の男性でした。聞けば今年まだ市役所に入って1年目だそうです。

保護費は12万円程、当時の私には生活するのに十分なお金です。またその際担当から、今の物件は高いので、6ヶ月以内に転居をするよう指示されました。現在の物件は生活保護の基準を超えているんだそうです。「私は今の物件が気に入っている」と伝えたところ、「それまでに保護を抜ければ問題ないですよ。」と淡々と言われました。イラッときましたが、機嫌を損ねてもしょうがないと思い、ひとまず我慢しました。また私は通院していないので、通院するか、就労活動をするかしなければいけないといわれ、「あまり話さない職場なら仕事ができる」と伝え、福祉事務所にいる就労相談員の支援をうけながら、自立を目指すことになりました。最後に「働いたらその収入を必ず報告してください」念押しされ面談を終了しました。

その後就労支援員の援助(履歴書作成、私に合った職探し)を受け、工場内の仕事に就職。収入が保護費を超えたため、現在は保護停止になっています。停止というのは廃止までの様子見期間であり、いつでも保護を再開できる期間だとのこと。停止を6ヶ月過ぎれば廃止になるというので、その日を目指して毎日奮闘中です。




生活保護体験談 R.S.さん23歳女性 母が生活保護を受けています

皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

母が生活保護を受けています
名前 R.S
23歳の女性で葛飾区在住です。
私の母が現在進行形で生活保護を受給しています。約3年前に持病が悪化してしまったことで働くことができなくなりました。働くことができないのに治療費でどんどんお金がなくなり、最終的には家賃を支払うことすらできなくなりました。このままでは生きていけないと思い生活保護を受けることに。

初めに役所で相談した際に母と住所を別にする必要がある、と言われました。と言うのも母子家庭で私自身も働いていたので、ある程度の収入があると申請が通らないかもしれない。とのことでした。ですが現実には、私一人の給料で母の生活費や医療費を賄うだけの余裕はなく急いで引っ越しました。その後すぐに母は生活保護の申請をしましたが病気がかなり悪化していたこともあり、すんなりと申請は通ったようです。

実際の受給額ははっきりと分かりませんが、家賃は6万5千円程度(荒川区)だったと思います。家賃はいくらまで、と大体は決まっているようですが生活費の方から多少補填すればその金額以上の部屋に住むことはできるようでした。部屋探しについては初めから不動産屋さんに行くことをお勧めします。住んでいる地域にもよりますが都内だった場合やはり家賃の都合上古い物件しかない場合があるので、直接不動産屋さんに物件の状態や生活保護を受給している方は入居可能なのか等を聞いた方がスムーズに部屋探しができると思います。稀に本人が住みたいと思っても生活保護を受給している方は入居できない場合もあるようです。




他にも生活に必要な物も申請すると役所の方で購入していただける(もしくは何割か別途給付していただける)。と言うようなことを聞いたような気がします。ですがこちらはかなり審査基準が厳しかったか別途の給付金が少額だったようで、洗濯機や冷蔵庫を購入するのがかなり遅くなっていたように記憶しております。コインランドリーもあるので洗濯機は必ず必要なわけではありませんが、上記したように大型家電をお持ちでない場合は早めに担当の方にご相談されることをお勧めいたします。

毎月の給付金を受け取る方法についてですが、通常は毎月決まった日にちに役所の方に受け取りに行くと思います。しかし私の母は持病がひどいため外出することが困難な場合があります。なので役所の担当の方に相談をして、現在は口座振り込みにしていただいています。

交通機関についてですが、こちらも住んでいる場所によりけりでしょうが母の場合は都電や都営地下鉄や都バスは乗車運賃がかからなかったように記憶しております。




生活保護体験談 T.U.さん35歳男性 双極性障害のため生活保護を受給しています

皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

双極性障害のため生活保護を受給しています
私が生活保護を受給しているのは、双極性障害と発達障害を持っているからです。これらの症状に気が付いたのは、今から4年ほど前のことになり、当時は自分が精神科に通院することになるなんて思ってもいませんでした。しかし、自分の気持ちとは裏腹に、現在は精神科に通院しながら生活保護を受給しているのが実情です。

・生活保護の申請は簡単にできました
私はまとも仕事をすることができない、と医師の診断が出たため、生活保護の申請は比較的簡単に出来たと思います。1回だけの仕事をすることはできるが、仕事を継続的に続けていくのが困難な症状とのことです。このことを生活保護課に話し、現在の生活、経済状況のありのままを説明しました。すると、1ヶ月ほどで生活保護の申請が通り、現在に至ります。
私の日常生活は、基本的に精神科のデイケアに通うことになっています。毎日朝の9時から午後の3時まで病院のデイケアで過ごすことになっています。朝ごはんは食パン2枚と決め、昼食はデイケアで用意されている物を食べ、夕食は惣菜を食べるようにしています。




・生活保護から抜け出すことができない
私はできることなら生活保護の受給から抜け出したいと考えています。生活保護の受給を受ける前は、とび職をしていたので、その頃の楽しい記憶ばかり蘇ります。しかし、私は精神科通院歴もありますし、精神障害者手帳の2級を持っています。こんな状態の私を雇ってくれるような会社は、障害者枠で入社できるような会社しかありませんし、学歴のない私には、難しい仕事ばかりのように感じています。そんな状態だからこそ、生活保護から抜け出すことは難しいなと感じています。

・最後に
生活保護を受けていることが恥ずかしい。私は毎日そんな気持ちで生活をしています。まだ仕事をできる年齢なのにも関わらず、生活保護をもらっている事自体が申し訳ない気持ちでいっぱいです。文章すれば、ありきたりなある男の人生だと思うかもしれませんが、当人としてはやりきれいない気持ちでいっぱいです。生活保護の庇護がなくても生活できるようになりたい気持ちはありますが、どうにもうまく行かなのが私の症状なのです。生活保護を受給している方の中には、不正受給をしている方も多いと聞きますが、私はその神経が羨ましく思います。私もそれくらい何も気にせずいられたらなぁと思います。なかなか前を向くことができませんが、これからも生活保護から抜け出すための努力をしていこうと思っています。




生活保護体験談 O.N.さん38歳男性 仕事を見つける期間に役立った生活保護 

皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

仕事を見つける期間に役立った生活保護
私は33歳から35歳までの3年近くの期間で、生活保護を受給している時期がありました。現在は働いている状況ですが、利用していて精神的に助けられたと感じています。

現在の私(O・N)は埼玉県の日高市に住んでいる38歳の男性ですが、30歳のときに会社を辞職しました。会社では事務の仕事を8年ほど任せられていました。会社を辞めてから住まい地域のハローワークへ何度も通いましたが、私に合う事務の仕事がほとんど見つからずに面接に至るチャンスも少なく、次第に働くこと気力を低下させていきました。

私は現在は母親と二人暮らしであり、弟は10年前に東京に出て行ったきりで連絡は途絶え、父は2010年に肝臓の病気でなくなりました。母親は私が会社を辞めて精神的に苦しんでいる状況を、食事のときや昼間に顔を合わせた際にたまに心配してくれました。そのときに母が話してくれたのが生活保護でした。次の仕事が見つかるのがいつになるかわからないから、もらえるものはもらうべきだと母は伝えてくれました。




こうして自治体に生活保護を申請することに至りました。自治体で受給したいことを担当の人に伝えて申請書を受け取りましたが、最初は働いていないことをアピールすることでもあり、その一歩は大変に緊張したことを覚えています。待ち時間が妙に長く感じられました。その後、申請書を提出して調査を待つ段階に至りました。担当者が自宅へやってきて、面談の調査を行いましたし、資産や家族にお金を稼ぐ能力があるのかなどの扶養調査を行いました。私の家族は現時点で母親だけでしたが、母は働いていないため、私は受け取れる可能性が高いのではないかと感じていました。

自宅は私が働いて貯めた200万円ほどの預貯金がありました。自治体が依頼した事務所に銀行の確認を受けることになり、残高を盗み見られるようで気持ちがいいものではありませんでしたが、これも少しでも仕事が見つからない時期の足しになると考えたら恥と感じなくなりました。
その結果、約32,000円ほどの受給申請が許可されましたし、受給を受けた期間は仕事が見つかった2014年まででした。月に働いていれば、20万円ほどの給料が得られるわけで、金額を知ったときはこんなものなのかと考えましたが、私のことを心配してくれた母は32,000円ほどでもとても満足してくれました。

生活保護の体験は私に対して、次の仕事を体に無理して見つける必要がないのだと余裕を与えてくれた機関であり、現在でも感謝しています。




生活保護体験談 Y.K.さん35歳女性 自営業の店を閉め生活保護を受けました

皆さんからお寄せいただいた生活保護にまつわる体験談やエピソードです。出来るだけ原文に忠実な形でおのせしていますが一部プライバシーに関わる部分は改変してありますのでご了承下さい。

自営業の店を閉め生活保護を受けました
私は数ヶ月前まで生活保護を受給していました。今となっては再就職したものの、ほんの少し前までは生活保護を受けており、その間は本当に辛い生活を強いられていました。私は岩盤浴をメインとする自営業を経営していたのですが、今の日本社会の不況の影響をもろに受け、経営は赤字が続いており、かなり厳しい状態でした。そして、専門機関から借金をしながらも何とか経営を続けていたものの、赤字は膨れあがりついに手が回らなくなり、店を閉めざるを得なくなりました。

店を閉めたのと同時に専門機関への借金の返済の目処を返答しなければならなくなりましたが、もちろん無職となった以上、その目処はありませんでした。そして、不運は続き、一緒に自営を営んでいた夫が病に倒れ、その治療費が嵩み、貯金は尽き、生活保護を利用せざるを得ない生活になりました、生活保護を申請するにあたり、色々な覚悟が必要でした。自分たちだけでは生きていけないと言うことを認めること、世間からの目、最低限の生活と治療費の兼ね合いなどです。




申請は思ったよりスムーズに行き、比較的簡単に受給の許可をもらえました。しかし、いざ、生活保護の受給が始まってみると、それは本当に辛い生活でした。本当に「最低限」でしか生活が出来ないのです。夫の治療費のことも考えると、食費も「売れ残りの時間を狙ったタイミング」でスーパーに買い物に行き、お風呂も湯船にはつかることが出来ず、22時以降は電気を消す、という生活をしていました。もちろん欲しい物は買えず、どこかに遊びに行くことは出来ませんでしたし、「お腹いっぱいになるまで食べる」ということも出来ませんでした。そして、保護費の多くは夫の治療費としてなくなっていきました。

専門機関への借金の返済を何とか延長してもらいながら極貧生活を続け、私はコンビニのレジ打ちのアルバイトを始めました。アルバイトといえども「働き先が見つかった」と言うことで生活保護の受給はそこでとまり、私の収入だけでの生活が始まりました。

生活保護を受けていたときとほとんど変わらない生活状況でしたが、辛抱の末、夫の病は回復し、私たちは再度人生をやり直すスタートラインに立つことになりました。私はコンビニのレジ打ちのアルバイトを続けながら、夫は何とか再就職できた証券会社の契約社員として2人3脚で生活していっています。生活は変わらず貧しいですが、「生活保護のあの頃を乗り越えられたから絶対やれる」を2人の合い言葉にして、何とか生活しています。